家づくりは、間取りや設備の”正解”を探す作業ではないのかもしれません。
長く賃貸でひとり暮らしをしてきた加藤麻衣さん(仮名)は、ある朝「家がなくなったら困る」と思い立ち、その日のうちに見学会を予約しました。物件探しの条件に並べたのは「5つの広い」。その奥にあったのは、自分の部屋がなかった子ども時代から続く、「余白が欲しい」という願いでした。
インタビューの後半は、その願いが家のかたちになっていくまでのお話です。
加藤麻衣さん(仮名)
「言っていいのかな」と迷いながらも、伝えることをあきらめなかった打ち合わせ。デザイナーとのやりとりの中で、加藤さんの「余白が欲しい」はどんなかたちになったのか。テーマ「.scene」が生まれるまでを辿る、インタビュー後半です。
家づくりは、間取りや設備の”正解”を探す作業ではないのかもしれません。
長く賃貸でひとり暮らしをしてきた加藤麻衣さん(仮名)は、ある朝「家がなくなったら困る」と思い立ち、その日のうちに見学会を予約しました。物件探しの条件に並べたのは「5つの広い」。その奥にあったのは、自分の部屋がなかった子ども時代から続く、「余白が欲しい」という願いでした。
インタビューの後半は、その願いが家のかたちになっていくまでのお話です。
前半の冒頭でお伝えした、打ち合わせ室から漏れていた笑い声。あの日、何が話されていたのでしょうか。
物件が決まってすぐの、初回ヒアリング。デザイナーの高田さんが最初に口にしたのは、プランの話ではありませんでした。
「ここまで展開が早くて、ちょっと不安ですよね」
思い立った翌日に見学会へ行き、物件も見に行ったその一軒で決めた。自分で選んだ流れとはいえ、気持ちが追いついていないところもある。まずはそこを聞くことから、ヒアリングは始まりました。
今、考えていることはありますか。高田さんにそう聞かれて、加藤さんは少し遠慮がちに切り出します。
「なんとなくしかないんですけど、いいですか?」
「なんとなくで全然大丈夫ですよ、ぜひ教えてください」と高田さん。
大きな土間が欲しい。お風呂とランドリーは広めで。クローゼットもできたら広く。思いつくままに並べてから、加藤さんが「こんなにざっくりでいいんですか?」と聞くと、高田さんは「ざっくりでいいんですよ笑」と返しました。
そこから先、高田さんが聞いたのは、家のことより暮らしのことばかりでした。朝は何時に起きるのか。洗濯は毎日するのか、どこに干しているのか。お化粧はどこでするのか。休みの日は、何をしているのか。
朝は早めに起きて、出勤前に本を読んだり調べものをしたりする、のんびりした時間が欲しい。休みの日は、あえて何もしない日をつくって、漫画やドラマでとにかくダラダラする日も。
答えのひとつひとつから、次の質問が生まれていきます。地図を広げて普段の行動範囲をたどると、よく行くお店がスタッフと重なっていて、また笑い声が起きる。高田さんは話を聞きながらその場で簡単な図を描いたり、過去の事例を見せては、加藤さんの想像を少しずつ広げていきました。
その日、加藤さんはひとつ気がかりも打ち明けています。築年数のあるマンションで、冬の結露や断熱は大丈夫なのか。高田さんの答えはこうでした。
「抑えるところは抑えて、基本的なところをしっかり整えましょう」
見た目の話より先に、暮らしの土台の不安を受け止めてもらえた。そして、この日の打ち合わせのメモには、すでにこんな言葉が残っていました。
こてこてに作り込みすぎない。余白。
聞き取った暮らしの話は、次のプレゼンで、ひとつのかたちになって返ってきます。
最初のプレゼンテーションで高田さんが最初に映したのは、加藤さんの家の間取りではありませんでした。高校生の頃に夢中で見ていたドラマ、小説を読んで号泣したこと。高田さん自身の話から、プレゼンは始まりました。
「あれはすごく感動しました。笑いあり、涙あり。めちゃくちゃ考えてくれてるんだな、と思って」と加藤さん。
先に自分のことを話したのは、加藤さんが少しでも話しやすくなれば、という高田さんの思いからでした。
「あれがあったから、喋りやすくなりました」
そのあと高田さんが尋ねたのも、家のことではありませんでした。高校生の頃は、どんな人でしたか。今は、どんな毎日を過ごしていますか。振り返ってみると、そこにあったのは、笑ったこと、ドキドキしたこと、また頑張ろうと思えたこと――気持ちが動いた瞬間ばかりでした。
間取りの効率ではなく、気持ちのほうから家を考える。家づくりの入口は、ここで決まりました。
とはいえ、打ち合わせがいつも滑らかに進んだわけではありません。
提案を受けて、何かが違う気がする。でも、それをどう言えばいいのかわからない。加藤さんの中には、何度もそんな揺れがありました。
「言っていいのかな、って思うんです。提案してくださっていることを否定したいわけじゃない。でも、モヤモヤを抱えたままじゃ進めないな、というのもあって」
背中を押したのは、打ち合わせの場でスタッフがかけた一言だったといいます。
「”嫌だったら、嫌って言ってください”って言ってくれるじゃないですか。それがすごく、ありがたくて」
打ち合わせが終わって家に帰ってから、もう一度考え直す。そして次の打ち合わせで、「やっぱり、こうしたいです」と伝え直す。そんなことも一度や二度ではありませんでした。
「本当に、わがままを聞いてもらって」と恐縮する加藤さんに、高田さんはこう話します。
「僕らも、正解がどれかわからない中でやっているので。思ったことは素直に言っていただいて、一緒にいいものが作れたら、それが正解かなと思っています」
たとえば洗面台の位置。プレゼンの段階では廊下に面していましたが、高田さんのほうから「これ、どう思いますか」と問いかけ、話を深めていくうちに、部屋の中に入れて長さを取ることになりました。浴室の位置を反転させることで、1メートルの洗面台が収まりました。
どちらか一方が決めるのではなく、問いかけて、返して、また考える。この家の多くの場所は、そうやって決まっていきました。
「言葉で伝えるのが、苦手すぎて」
そう話す加藤さんは、打ち合わせのたびに、自分で資料をつくって持ってきました。気になった写真を集め、どこが好きなのかを書き添える。前半で紹介した要望シートも、そのひとつです。
熱しやすく冷めやすい、と加藤さんは自分のことを笑います。けれど資料は、ぶれていったわけではありません。打ち合わせを重ねるごとに、少しずつアップデートされていきました。
集めた画像には、一見矛盾するものも混ざっていました。物がたくさん並ぶ賑やかな部屋と、すっきり片付いた部屋、そんな正反対の部屋の写真も含まれていました。
「料理が好きなわけじゃないんですけど、調理道具とか食器は好きなので、見えていていいんだと思うんです。逆に靴は別に、見て嬉しい感じはないから、見たくないし、見せたくない」
キッチンはステンレスで、ツールもフライパンも吊るしたい。一方で、冷蔵庫、ゴミ箱、電子レンジ、ウォーターサーバーは全部隠したい。これは初回のヒアリングの時点で、加藤さんがはっきり話していたことでした。生活感のない家が欲しいわけではない。何もかもを見せたいわけでもない。
「なんか、私のツボみたいな。伝えるのが難しいところなんですけど」
言葉にしきれないこの感覚を、デザイナーの高田さんと高橋さんは、打ち合わせのたびに拾い上げていきました。完成間近の現場で、加藤さんはアールを描く壁の端を見て、こう話しています。
「丸いけど、全部が丸いわけではなくて、この部分は角みたいな。綺麗な角。ああいうのがすごく好きなんです。うまく説明できないんですけど。それでもちゃんとツボをつかんでくれている気がして嬉しかったです。」
打ち合わせでは、加藤さんの一言が、プランを大きく動かすこともありました。
ひとつは廊下です。加藤さんは打ち合わせの途中で、一本の動画を見つけてきました。
「広いのに、物で埋まっていない。息苦しく感じないというか。こんなことができたら素敵だな、と思っていました」
廊下を広くしたい――そう言い出したのは、加藤さんでした。この動画は打ち合わせの”バイブル”になり、廊下は通常の1.5倍ほどの幅に。チェストを置いても通れたり、ただ通過するためだけの通路ではない場所になりました。
もうひとつは、造り付けたダイニングテーブルです。テーブルの真ん中あたりに天板を支えるために板を一枚入れる必要がある、と説明した高田さんに、加藤さんはこう返しました。
「そこ、全部取れませんか?(ダイニングテーブルの真ん中の支持脚の部分)」
高田さんは、そのときのことをこう振り返ります。
「なるほどな、と。それまで僕は、板全体で支えるのが前提だと思っていたから、そもそもそういう選択肢がなかったんです。自分の中にない答えを言ってもらえた。自分もまだまだだな、と思いました」
支えのための板を抜いた分の揺れを抑えるため、天板は二重にすることに。「あんまり共感は得られていないんですけど」と笑う高田さんに、加藤さんは「すごく良かったです!考えてくれたんだ、と思って」と返しました。
加藤さんが初回のヒアリングで口にした「大きな土間が欲しい」。その願いは、プレゼンでふたつの場所に分かれて返ってきました。
ひとつは、玄関を入ってすぐの広い土間。高田さんはここをEmotions Room(エモーションズルーム)と名づけ、こう説明しました。
「仕事で楽しかったこともそうだし、悲しかったこと、怒ったこと。そういう感情を、この広い土間で落ち着かせたり、逆に思いきり膨らませたり。気持ちの整理が、家の中に入る前にできたら、すごく気持ちいいんじゃないかと思ったんです」
聞いた加藤さんは、すぐにピンと来たといいます。
「まさにそんなことができたら嬉しいな、と思いました。私、考える人なんですよ。考えるのが結局、好きなんだと思います」
考えごとをしたいとき、加藤さんはこれまで、歩いたり、車でわざと遠回りして帰ったり、カフェでひたすら書き出したりしてきました。家の中には、気持ちを切り替えられる場所がなかったからです。
これからは、家の中で遠回りができます。
もうひとつは、窓際のChill Out(チルアウト)。Instagramで、窓辺に植物を並べている人を見て、ずっとかわいいなと思っていた。でも今の家は日当たりが悪くて置けない――初回のヒアリングで加藤さんが話していたことから生まれた土間です。
窓の外には、山の緑が広がっています。高田さんはこの土間をあえて斜めに振り、視線が自然と緑のほうへ流れるようにしました。玄関側で感情を受け止め、窓際で気持ちを落ち着かせる。そのあいだに、加藤さんの暮らしがあります。
図面の上ではまだ想像でしかなかったこの場所を、加藤さんが本当の意味で理解したのは、完成間近の現場でした。
「出来上がって、ここに立ったときに、ああ、そういう場所だなって、すごく思いました」
リビング、ダイニング、寝室。この家にも、家らしい場所はちゃんとあります。友人を招いて過ごすパブリックな場所と、ひとりに戻るプライベートな場所。
けれどこの家には、そのどちらでもない場所がもうひとつあります。玄関の土間、窓辺のChill Out、そして広い廊下。何をする場所とも決められていない、いわば家の中のサードプレイスです。加藤さんがずっと求めていた「余白」は、ここにありました。
家づくりでいちばん楽しかったことを聞くと、加藤さんはこんな話をしてくれました。
「リノベスランドの中から、これだ、みたいなのを探し歩いたんです。裏の倉庫のほうまで行ったりして。この廊下の広さはどれくらいかな、とか。あれがすごく楽しかったですね。」
図面の数字だけではわからないことを、実際の空間で確かめる。事務所の中を歩き回りながら、「このくらい」「もう少し」と体で確認していく時間でした。
キッチンと洗面に使う白いタイルも、そうやって選びました。サンプルをたくさん出してもらって、テーブルいっぱいに広げる。同じ白でも、表面の凹凸も艶の出方も少しずつ違う。消去法で一枚ずつ外していって、最後に残った白。時間はかかったけれど、その悩む時間そのものが楽しかったといいます。最終的に、キッチンと洗面では同じタイルを選び、目地の色だけ変えることになりました。
打ち合わせでは、思いがけない話で盛り上がることもありました。トイレットペーパーホルダーは、なぜいつも壁から出っ張っているのかという話から、壁を凹ませてトイレットペーパーが出っ張らないようにすることに。そうなると、紙は下に引くのか、手前にまっすぐ引くのか。スタッフ同士でも意見が割れて、みんなで笑い合いました。
「まだ完成してもいないのに、またやりたいって思うくらい。楽しい時間ばっかりでした」と加藤さん。
半年あまりの家づくりを振り返って、加藤さんはこう話しました。
「自分の発見が、いっぱいありました。これいいって思っているけど、人がいいって言っているからいいって思っているのか、自分が本当にいいと思っているのか。めちゃくちゃ考えました。今の世の中には情報が多いので」
選ぶたびに、立ち止まる。それは、今まで当たり前に過ごしてきた暮らしを、ひとつずつ確かめ直す作業でもありました。
そして完成が近づいた今、加藤さんの中には、以前は考えもしなかった気持ちが生まれてきたといいます。
「なるべく余白はキープしたいと思っていて。でも本当にときめくお気に入りが見つかったら、絶対買っちゃうんですけど笑」
「DIYとかも、できたらいいなと思って。やったことないですけど」
広い土間があるから、作業ができる。こうしたいからこういう家にする、ではなく、こういう場所ができたから、やりたいことが生まれた。高田さんは、そこにこの家の余白の意味をみています。
「いざ何かしたくなったとき、それが何かはわからないけれど。狭いからできない、ではなくて、広いからできる。そういう余白が欲しかったんじゃないかな、と思うんです」
プレゼンのとき、この家の方向性を表す言葉として掲げられていたのは「Chill」でした。くつろぐ、リラックスする、のんびりする。
打ち合わせを重ねるうちに、家の中身は少しずつ広がっていきました。感情を受け止める玄関の土間スペース。窓際の気持ちを落ち着かせる場所。ひとりで考えごとをするダイニング。友人を招く夜。仕事帰りにリビングまで行かず、手前の土間でしばらくぼーっとする時間。くつろぐだけではない、いくつもの場面が、この家の中に生まれていきました。
方向性は、最初からぶれていません。ただ、その輪郭が、打ち合わせのたびに少しずつはっきりしていきました。そして取材の日、それをひとことに集約する名前として選ばれたのが「.scene」でした。Chillは、たくさんある場面のうちのひとつ。そのすべてを包む言葉が、sceneです。
取材の最後に、加藤さんはこんな言葉を残しています。
「余白の中に、存在したい」
「scene」の前に置いた、小さな「.」。文章をいったん区切る点のように、気持ちを切り替えて、次の場面へ移るための印です。そしてそれは、広い余白の中にぽつんと立つ、加藤さん自身でもあります。
すべて小文字にしたのは、角のない丸みのある字の表情が、この家のアール壁とどこか重なるから。その小さな一点から、いくつもの場面が始まっていく。
初回のヒアリングのメモに残っていた「余白」という言葉は、半年あまりをかけて、加藤さん自身の言葉になっていきました。自分の部屋がなかった子ども時代から探していたものに、ようやく名前がついた瞬間でした。
最後に、これから家づくりを考えている方へ。特に、ひとりで家を買おうか迷っている方へ。
「大きいお金だから、私も最初は怖かったです。そもそも自分が買えるとも、選択肢があるとも思っていなかったし」
それでも、踏み出してどうでしたか。そう聞くと、加藤さんは即答でした。
「めちゃくちゃ良かったです」
そして、こう続けます。
「迷っているんだったら、ちょっと勇気を出して、まず3ヶ月。お試しじゃないけど、活動してみる。違ったらやめるっていう選択もあるから」
それは、kiroで、コンシェルジュの村上さんから受け取った言葉と同じものでした。家づくりを終えようとしている今、加藤さんはその言葉を、自分の言葉として次の誰かに手渡す側になりました。
加藤さんが辿り着いた家は、10月3日(土)から2週間限定で開催するRENO CAFE「.scene」でご覧いただけます。
RENO CAFEは、この家が好きか嫌いかを判断する場所ではありません。ある人が見つけた暮らしを、体験していただく場所です。感情を受け止める土間、緑のほうへ視線が流れる窓際、広い廊下。その中で「自分だったら、どんな暮らしがしたいかな」と想像を膨らませていただけたら嬉しいです。
暮らしは、もっと自由でいい。ぜひ、その場で感じてみてください。
RENO CAFEこの家、いま見学できます
「ひとつの家に、いくつもの居場所を」RENO CAFE「.scene」(マンションリノベーション完成見学会)札幌市中央区
10月3日(土)|4日(日)|10日(土)|11日(日)|12日(月)
いま読んだ、その家です。写真では伝わらないところを、歩いて確かめられます。
見学会の詳細・予約